00.1.5
■はじめての出入り禁止
私がはじめて出入り禁止を食らったのは、大学3年生の時でした。当時から私はギャンブルには全く興味がなくパチンコもアルバイトの一貫としてやっていました。
当時は一回終了すると大体○千円くらいの純益があり、ほとんど負けませんでした。というのも、ある特定の機種にだけ有効な攻略法(もちろん合法的です)を使っていた為です。
この機種のあるパチンコ店は私の活動範囲(車はもちろん持っていないので徒歩で行ける範囲内)に2軒だけで、その攻略法は私一人だけが使っていました。当時は攻略雑誌なんかないので、もちろんこの攻略法は自分で編み出したものです。逆に雑誌がないからこそ自分だけの攻略法として通用したといえます。
ただ問題はいつも勝つわけですから、あまりお店の人を刺激したくないというのがありました。従って、1日おきに違うお店に行き、なおかつ1日に終了は1回だけと決めて打っていました。さらに、両替機で玉を借りるふりだけして帰るなど、負けたふりもおこたりなく実践していました。
こういった努力の甲斐もあってかほぼ半年間、週に4・5回、一日○千円ですから、月に○十万円ぐらいの純益をあげることが出来ました。
ところが、ある日、たまたま大学の友人とこのパチンコ店へ行ったのです。この時は、とりあえず、ノルマの1台を早々と終了させて友人が打つのを見ていたのですが、ただ見ているだけではつまらなかったので、しかたなくもう1台終了させてしまったのです。この時点でも私の友人はまだ最初の台を打っていました。今から思えばここで自分だけ帰るかもう1軒の方へ行けば良かったのですが、若気のいたりかなんともう1台打って終了させてしまったのです。
で、3回目に交換した景品を持って換金所へ行こうとしたら、店長がこっちへこいと呼ぶのです。しかも店員を5人程引きつれて・・・。これは、やばい。しまったと思ったのですが、もうしかたありません。店長の言われるまま連れて行かれたのは、パチンコ店と隣の家との1メートル程の隙間でした。
「なんや、にーちゃん、どないなってんのや。いつもいつも出しくさっていいかげんにせえーよ。世の中なめたらあかんど。」
と、私のまわりに店員を囲ませてすごむのです。で、ひとしきり脅した後で、
「今日は勘弁したるけどなあ、2度と来たらあかんで。」
と、出入り禁止を通告してきました。
「何も悪いことしてないのにどうして打ったらいけないんですか。」
と私も一応、学生らしく敬語で反論(迫力ないです)したんですが、店長は、
「当たり前じゃ、悪いことしとったら、こんなんじゃすまへんど。おんどりゃーみたいに勝つことが、おれらにとったら悪いことなんや。」
(※大学は関西でしたが、関西生まれではないので、関西弁下手ですみません。たぶんこんなかんじだったと思います。)
私の負けたふりなど、店長にはとっくにお見通しで、向こうの方が一枚も二枚も上手でした。で、しかたなく、最後の景品を両替して店を出ました。
当時は、アルバイトして1日働くのと同じぐらいの金額をパチンコで簡単に取っていた為、ちょっと世の中を舐めていました。なんせ、パチンコ店までタクシー通勤していた(当時、学生でタクシーなんか乗る人なんていませんでした)くらいでしたから・・・。
で、この事件をきっかけに何と当時の私は、きっぱりとパチンコから縁を切ってしまったのです。大学も4年に近づいて、授業に精を出さざるを得なくなったこともありましたが、やはり相当ショックでした。再び、私がパチンコを打つようになったのは、数年後のことです。
これが、私の記念すべき出入り禁止第一号です。今にして思えば、出入り禁止なんて、大して珍しいことではありませんが、当時は、私のまわりでパチンコで勝つ奴なんていませんでしたし、ましてや出入り禁止なんて皆無ですから、友達の間では暫らくの間ちょっと話題になったりしました。